Chapter0ー集え冒険者


 『冒険者』ーーこの星ではもっともありふれた職業であり、憧れであり、夢とロマンを胸に、大迷宮を踏破せんとする者たちである。


 今回は、そんな『冒険者』たちが夢を追い求めるお話。



 かつて星の戦士が星々を結び、大彗星を呼び出したという伝説が残されている銀河、『ミルキーロード』。


 ポップスターに連なる七つの惑星のうちの一つがここ、惑星ケビオスーー別名『洞穴の星』とも呼ばれる、今回の物語の舞台である。


 …さあ、謎と、夢と、ロマンに満ち溢れた大迷宮へと踏み出し、そして、あらゆる願いを叶えてくれるという伝説の秘宝…『夢幻の聖杯』を手に入れるための、君の冒険は、ここから始まるーー!


ーーEpisode1.ユートの場合



 「ギィ、」と、少し古びた木製の扉を押す。建物の中は多種多様な年齢、種族、性別…ともかく、ありとあらゆる人々が行き交い、賑わっていた。


 扉を開けた甲冑の少年は、せわしなく辺りを見回しながら、何度も見直してくしゃくしゃになった手元の案内に書いてある目的の場所を探して、人混みのなかを潜り抜けていく。


 「…右に曲がって……ここだ!」


 少年の目が手元の案内と、目の前の扉を往復する。『冒険者登録窓口』と書かれた札のついた扉を軽くノックし、ノブを回す。


 「失礼しま、す…?」


 ガチャリ、と押し開けた扉の向こうを覗くと、部屋は綺麗に掃除がされていて、ちょうど開いた扉の正面の位置にカウンターがあるのが見える。


 「誰もいない……」


 「…あら?」


 ぱたり、と扉を閉めて、少年がカウンターの方に歩き出す。すると突然、無人に見えたカウンターの向こう側から声が聞こえーー黄金色の髪を三つ編みに束ねた、緑ボウシに丸眼鏡の女性が、ひょっこりと顔を出した。


 女性のボウシにはクリップのようなもので淡い金色のプレートが留めてあり、そこには『シトリン』と書かれている。


 「えへへ、すみません、ちょっと探し物をしていて……、こほん、」


 顔をあげた女性はこちらに向き直ると恥ずかしそうに咳払いをして、


 「はじめまして、こちらはケビオス冒険者ギルド冒険者登録窓口です!冒険者登録手続きですね?」


 元から細い目をさらに細めて、にこりと微笑んだ。


 「…はい!おれ、ユートっていいます!冒険者登録しにきました!」


 『ユート』と名乗った兜の少年は、わくわくを抑えきれないのか、カウンターに身を乗り出す勢いで返事を返す。


 「ふふ、元気ですね、ユートさん。私はシトリン。主にギルドの受付担当を担当してます。冒険者になるなら、これからよろしくね。」


 冒険者になる…!その響きでユートの胸は高鳴っていた。これでようやくおれも冒険者になって、大迷宮を探索できるのだ…と明日からの自分にユートが思いを馳せていると…


 シトリンはカウンターの向こう側に積まれている書類を幾つか手に取って向き直り、


 「はい、では、こちらに必要事項の記入をお願いしますね!」


と差し出した。


 一方、渡されるがままに書類を受け取ったユートは目をぱちくりとさせる。

 そう、少年がこれまでに準備してきた知識はみんな、冒険者に「なった後」のことばかりで、言われてみればどのようにして冒険者になるのか、これについてはこれまで調べてくることをしていなかったのである。


 「え、あ、……ギルドの登録って、そういうの、あるんですね?」


 「ええ、まずはこちらの記入をして頂きまして、そしたらあちらの部屋で写真をとります。それから簡単な適性試験とギルドでのルールや新米冒険者への注意事項の説明会への参加、宣誓書の記入などをして貰って、それから……」


 「ギルドに加入ですか!?」


 「いえ、ここまで終わったら、ギルドから仮の身分証が渡されます。正式なギルドカードの発行にはしばらくかかりますので……一週間ほどお待ち頂くことになりますね。」


 「い!?…一週間……!」


 たまにいるんですよね~と変わらぬ笑みを浮かべるシトリンに対し、明らかにがっくりと肩を落とすユート。


 だが、ここで挫けては冒険者にはなれない。すっくと立ち上がり書類を受け取ったユートは、改めて冒険者……になるための手続きへの地味な第一歩を踏み出したのだった。


ーーーーー


ーーー



 「………よーーっし!一週間たったァー!!」


 「はい、おめでとうございます、ユートさん。」


 「あ……ごめんなさい…やっと冒険者になれるんだって思ったら嬉しくて…」


 「ふふ、分かります、その気持ち。私も昔は冒険者だったんですよ。」


 「え、そうだったんですか…」


 あれから一週間、冒険者になるための手続きをスムーズにこなしたユートは、ギルドカードを受け取るために早朝からギルドに来ていた。


 「はい、此方がユートさんの正式なギルドカードになります!」


 「おおおお~~!」


 ユートから貸し出していた仮の身分証を受け取り、シトリンが部屋の奥から持ってきたのは、白い布に包まれた薄い黄金色に光る金属のプレート…ギルドカードだ。


 カードにはギルドのアイコンであるツルハシのマークと、『No.01004 ユート』の文字が刻まれている。


 「これがおれのギルドカード……!」


 ユートは受け取ったギルドカードを手にきらきらと目を輝かせる。


 「はい、そちらがユートさん専用のギルドカードになります!こんなにコンパクトなのに、凄いものなんですよ?」


 「新米冒険者の講習で軽く説明はされたとは思いますが、もう一度、私から説明させて頂きますね。」


 はしゃぐユートを微笑ましそうに見つめながら、シトリンは説明を始める。


 「ギルドカードは冒険者の身分証です。ギルドでのさまざまな手続きの際にも必要ですし、ユートさんがケビオス冒険者ギルドに認定された冒険者である証拠でもあるので、絶対に無くさないで下さいね。」


 「それから、もう一つとっても大事なことを説明いたします。それは、ギルドカードは『迷宮から脱出することが出来る』機能をもったアイテムだということです。」


 「迷宮から……脱出…」


 不意にユートの顔が一瞬暗くなる……が、直ぐにまたいつもの顔に戻る。


 「ええ。ギルドカードは持ち主に危険が迫ると、自動で迷宮の入り口まで持ち主を戻してくれるアイテムなんです。それ以外にも、『スケープ』と唱えることで、いつでも迷宮から脱出することもできますよ。」


 「へぇ~~……こんなカードが…」


 ユートは手に持ったギルドカードをまじまじと見つめる。


 「それから……此方もお渡ししておきます!」


 はい、と手渡されたのは四角い金属の枠の中に青い画面が写し出された手のひらサイズのデバイスだ。画面にはユートの冒険者ナンバーと同じ『No.01004』の数字と『レベル1』の文字、それから大きく『0%』と表示されている。


 「これは……?」


 「はい、これについては、実演して説明しろと言われているので……実際に使い方をお見せしますね!」


 「あ、あれ!?いつの間に……」


 「ふふ、冒険者たるものいつも気を抜いてはいけませんよ、ユートさん。」


 いつの間にか後ろに回っていたシトリンに声をかけられ驚くユートを横目に、シトリンはユートに渡したものと同じデバイスを取り出して見せる。


 「これは『ハンドパレット』と言ってですね…」


 取り出したデバイスの画面をユートに見せながら、トトン、と二回触ると外側の四角い枠が外側に広がり、画面の表示が切り替わる。


 「はい、このように閉じた状態でここのスイッチを入れるか……今みたいに、画面を二回タップすることでパレットを開くことができます。」


 やってみて、とシトリンが促すと、ユートは先ほど見たように、手元のデバイスの真ん中をタップし、パレットを開く。


 開いた画面には先ほどと同じ情報に加え、『収納アイテム なし』の文字が表示されていた。


 「収納、アイテム……」


 「はい、開けましたね!……そうです、これは冒険者専用の『カバン』なんですよ。」


 「かばん?これが……?」


 かばん、といえば背負ったり、腕や体に固定して荷物を入れるあの『かばん』だろうか?

 それにしては、これは明らかに……なんというか、似ても似つかないものである。そもそもどこから物をいれられるというのか。


 そんな風に訝しげに目の前の画面を覗くユートに対し、シトリンは自分のパレットをしまいながら近寄る。


 「はい!ハンディパレットにアイテムを入れるときはですね、このようにして……」


 「わ!わ……!?」


 唐突にシトリンに手を握られ、ユートは思わずすっとんきょうな声を上げる……が、お構いなしとばかりに、シトリンはそのまま握った手をユートのパレットの画面へ近づけ……


 画面の中へ入れた。


 「うおお……!?なんか変な感じ…」


 「はい、これでパレットにアイテムが入りましたね!」


 「え、あ……本当だ。」


 ユートははじめて触れた不思議な感覚に戸惑いながらも、目の前の画面が先ほどから変化していることに気づいた。『収容アイテム』の文字の下が『なし』から『手作りクッキー』に変わっている。


 「取り出すときは、取り出したいアイテムの名前をタップして…それから先ほどと同じように手を画面に入れれば取り出せますよ!」


 シトリンはそう言いながら、説明通りした通りに操作してみせ、先ほどユートの手を握った時に入れていたのであろう、クッキーの入った小さな紙袋をパレットから取り出した。


 「画面を戻すときは……もう一度画面を二回タップするか、こちらのスイッチを切ってくださいね。」


 「……はい!それではハンディパレットの説明もこれでおしまいです!お疲れさまでした!」


 ユートはどうぞ、と手渡されたハンディパレットと小さな紙袋を受けとる。


 「これは私からの餞別です……冒険者として、これから頑張って下さいね!」


 「……はい!ありがとうございます!」


 シトリンに見送られながら、ユートは部屋を後にする。 

 こうして、すべての冒険者を巻き込んだ波乱の物語に、また一人新しい冒険者が加わったのであった。