Chapter1ー冒険者の心得


「…というわけで、俺が今回お前らの新米冒険者研修を担当するヴェランだ。よろしくな。」


「はい!おれ、頑張ります!よろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします…」


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 冒険者登録から一週間、ギルドカードを手に入れ正式に冒険者となったユートとリアルの元に、一通の手紙が届いていた。その内容は新米冒険者はベテラン冒険者とともに、「研修」として冒険者の心得を学ぶべしという通達である。


 冒険者登録を終えたとはいえ、二人の冒険者としての経験はゼロ。ほとんど素人同然だ。そこで、これもなにかの縁と、たまたま登録日に出会った二人で「新米冒険者研修」に申し込んだのであった。


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「ーー新米冒険者『研修』なんて銘うっちゃいるが、実際のとこ何するかは各ベテラン冒険者に一任されてるんだ。」


集合場所として指定されていたギルドのホールの一角で、ヴェランは新米二人を交互に眺めつつ口を開く。


「で、だ。俺がまずお前らに教える冒険者としての一番の心得は…『死なない』こと。無事に戻ってくることだ。」


「…戻ってくること。」


一瞬、ユートがぴくりと反応したようにみえたが、ヴェランはそのまま話し続ける。


「…とまあ、驚かすような口調で言ったが…お前ら、ギルドカードの説明は受けたよな?」


出してみろ、とヴェランが示すのにしたがって二人はまだピカピカと真新しい薄黄金色の金属製プレートを取り出してみせる。


「そう、それだ。このギルドカードはギルドのラボ長が数年前、レリックの技術を解析して作ったものでな。所有者に身の危険が迫ると自動的に迷宮の入り口まで脱出させてくれる…いわば冒険者の命綱みたいなもんだ。こいつが出来てから、冒険者の死亡率はぐっと下がった。」


まじまじと手の中の小さなプレートを眺める二人。説明を受けて知っていた内容ではあったが、実際に現役の冒険者から言われると、心なしか手の上の重みが増したように感じた。


「ただし、あくまでも『下がった』だけ…ゼロじゃない。ギルドカードは身に付けていれば自動的に効果を発揮してくれるが、逆に言えばなんらかの理由で身体から離れると効果を発揮しなくなっちまう。

 その原因は様々だが…とにかく、大迷宮では『ギルドカードを手放すな』。これが冒険者の第一の心得だ。」


と、言い終わると、ヴェランは装備を持ち上げる。


「…よし、それじゃあ、移動するか。」


「はい!」「は、はい…」


急に声をかけられた二人は手にしていたギルドカードを丁寧にしまい込むと、わたわたとヴェランの後に続く。


ヴェランは冒険者で賑わうホールを抜けると、階段を降りてギルドの地下へ入っていく。


「…あれ、ヴェラン…さん?こっちって迷宮の入り口じゃないよーな…」


しばらく歩き続けて、違和感を感じたユートがヴェランの背中に問いかける。



「ああ。最初に言ったろ。『研修』の内容はそれぞれに一任されてるってな。」


ぴた。と足を止めたヴェランはそう言うと、目の前の金属製の扉を開ける。


「こ、ここは…」「うおお!すげえ!」


三人の目の前に現れたのは白を基調とした広々とした空間だった。天井までの高さも中々のもので、照明の代わりに何やら光り輝く水晶のような鉱物がところどころ埋め込まれているようだ。


「なかなかいいだろ。ここはドクターが作った冒険者用のトレーニングルームだ。だいたい大迷宮の入り口付近くらいの深さにある。」


きらきらと目を輝かせながらあちこちと見回している二人を横目にヴェランはかるく咳払いをしてから続ける。


「こほん、あー…、でだ。」


「しつこいようだが、どんな成果をあげようが戻ってこれなきゃ意味がねぇ。そこで、俺がお前たちに伝える冒険者の心得その二は、『自分の身は自分で守れ』だ。」


荷物を下ろし、ハンディパレットからなにやら四角い箱を取り出すと、ヴェランは二人に向き直る。


「冒険者として迷宮に潜るなら、最低限の自衛力は必要。じゃあ迷宮で冒険者が特に気を付けなければならない二つの存在は、何か分かるか?」


「…ローグと、」


「マター…ですか。」


「その通り。ある程度は調べてきてるみたいだな。」


ギルドカードを受け取ってから一週間。ユートもリアルも、ただ何もせず待ち呆けていたわけではない。


新米は新米なりに、冒険の準備を整え、情報を集め、冒険者としての自覚を高めていたつもりであった。


しかし、こちらを真っ直ぐと見据えるヴェランの目に、既に新米二人はやや射すくめられている。


これはただの研修で、しかも相手は武器すら構えていないというのに、これまで死線を潜り抜けていた者の言葉の重みを二人は味わっていた。


「ま、前置きが長くなったが、つまり俺の新米冒険者研修は戦闘訓練だ。大迷宮での危険…特にマターに対応するためのな」


「なるほど…つまり、おれたちがどう戦うのか、みせればいいってことですね!任せてください!」


「わ、わたしも!まだ見習いだけど…頑張ります!」


やることがわかって気持ちが入ってきたのか、新米二人の返事に力がこもる。


「よしよし、やる気があるのはいいことだ。だが、実戦に入る前にやるべきことがある。まずはそれぞれ、お互いに何が得意で何が苦手なのか……パーティ内で共有すること、これが重要だ。」


「これも教わったと思うが、冒険者は基本的に2人以上のパーティを組んで行動する。ソロで活動する者もいるが……まあ、一部のベテランだけだと思っていい。新米のうちはなおさらだ。」


「そこで、自分の短所を補えるような相手とパーティを組むのが望ましいってことなんだが…」


「おれ、コピー能力は使えないけど、父さんから教わった剣術が得意だぜ!」


「わたしは4つの元素と精霊に対応する魔法を…」


自慢の短剣をビシッと掲げるユートと、杖をぎゅっと握りおずおずと顔を出すリアル。


「剣で戦う前衛と、魔法使いの後衛か…悪くない組み合わせだな。」


二人を交互に見つめて、ヴェランは軽く微笑む。毎年、数多くの冒険者を先輩として指導してきたヴェランだが、やはり冒険への期待で輝く新米たちの目は何度見ても飽きないものだ。


だが…今は研修中である。込み上げる期待をしまい込み、ヴェランは手に持った四角い装置を起動させ、地面に置く。


「ところでヴェランさん、さっきマターに対応するためって言ってたけど…」


「マターは迷宮から出てこれないんじゃ…?」


戦闘訓練というからてっきりヴェランが戦うものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい…と何やら装置をいじくるヴェランを見た二人が、先程の言葉を思い出しながら不思議そうに投げ掛ける。


暫くして…ヴェランが何やら操作していた四角い箱型の装置の上部が展開し、排出口のようなものが露わになる。


「まあ見てろ…始めるぞ…」


ヴェランが装置から距離をとると共に、二人は各々の武器を構える。


すると、ヴェランが置いた装置の展開した内部からなにやら黒い靄のようなものが立ち込め…まとまって一つの形を形成する。


「こ、これって…」


「マター!?」


二人の前に現れたのは説明で受けたマターの姿そのものであった。


「その通り。こいつはマター…の戦闘訓練用ダミーだ。さっき俺が地面に置いた箱が訓練用マター発生装置…ま、これもドクターの発明だな。」


「てことは、偽物か…」


「に、偽物……」


ぎゅっと杖を握るリアルが、でも…と溢すと、ユートは「大丈夫」と頷く。


「見た目は似てるけど…、偽物なら怖くないさ!先輩におれたちのすごいとこ、見せてやろうぜ!」


「う…うん!」


強ばる手を落ち着かせ、声をかけるユート。ユートに励まされ、たじろいでいたリアルもしっかりと正面に敵を見据える。


「……訓練用といっても、攻撃パターンはほぼ実物と同様に調整してある。マターの弱点は覚えているか?」


「「目の部分にある紅い核!」」


「その通り。奴らはふわふわと空中を移動する。どのように動きを止め、的確に弱点へ攻撃を加えるかがキモだ。」


「さあ……くるぞ!!」


ヴェランの声を皮切りに、それまで様子を伺っていたマターが二人の方向に突撃してくる。


「ッ…!」


咄嗟にユートが前に飛び出し、手にした剣で横凪ぎにマターを払うと、ガチィン!という音を立てながらマターは進路を逸らし、後方の床につっこむ。


「こ、こいつ…見た目によらず固い…!」


「マターは状況に応じて体の強度を変化させる…狭い亀裂を通り抜けたかと思えば、今のように突進攻撃を仕掛けてくることもある。」


「ユート!後ろ!」


「うわ…ッ!と…サンキュー、リアル…!」


床に激突したはずのマターに再度追突されたユートがリアルの声かけにより間一髪のところで身を避わす。


「迷宮では一瞬の油断が命取りだ…気を抜くな!」


「わかってるさ…くそ、リアル、魔法であいつの動き、止められないか?」


「!…や、やってみる…!」


よし、と頷いたユートは、リアルとマターを結んだ直線の間に立ちふさがるように剣を構える。


「今度はこっちの番だ…!」


ユートは此方の様子をうかがうマターに走りだすと、地面を蹴って飛び上がり、回転しながら斬りかかる!


「くらえ!スピニングソード…!」


…が、空を浮遊するマターには高度が足りず、ユートの剣は核を掠める。


「くそ!やっぱり実戦はそう上手くいかないか…」


…と、突然、ユートの頬を風が撫でる。


「起動元素(エレメンタル)ーー『風』!」


振り返ると、杖を掲げるリアルの回りに風が渦巻いているのがはっきりと見えた。


ユートはすかさず、再び剣を構えてマターの位置を捉える。


「風の精霊よ…杖に宿りて我に加護を与えよ…『シルフスクリーン』!」


詠唱が終わると同時に、リアルを中心に渦巻いていた風がマターに吹き付け、空気を掻き回す。空中を浮遊しているマターはたまらずバランスを崩し、黒い霧状の体が散り散りに飛ばされていく。


「今です!ユートさん!ー起動元素…『火』!『サラマンドラブレス』」


「ああ…!くらえ!」


リアルの声が届くと同時に、露になったマターの紅い核目掛けてユートが跳ぶ。吹き荒れる風の中、ユートの体はまっすぐにマターに向かって運ばれていきーー


燃え盛る剣がマターの核を一閃。マターはそのまま霧散したのだった。



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「今ので最後だ…初めて組んだにしてはなかなかやるじゃないか。」


あれから数体の偽マターを生成し、元通りの形に収まった訓練用マター発生装置を回収しながら、声をかける。


「えへへ…実は、ユートくんとBarで会ったとき、幾つか実戦での動きを想定して話してたんです。」


「何…」


「まあ、ここまで上手くいくとは思ってなかったけどな…やるじゃんリアル!」


「ユートさんこそ、あんなにマターに向かっていけるなんて…すごいです。」


「へへ、まあな…!おれは聖杯を目指してるんだ!このくらい屁でもないさ!」


事前の打ち合わせがあったとはいえ、二人はまだ冒険者になって一週間程度、しかも出会ったばかりであの連携…よほど相手を信頼していないと出来ないものだ。


「…ただの新米かと思っていたが…侮れんな。」


「…え?なにか言いましたか?」


「いや、なんでもない…とにかく、いい動きだった。今日の研修はこれで終わるが…明日も別のベテランの世話になるだろうからな。今日はしっかり休息を取るように。」


荷物をハンディパレットに仕舞い込み、改めて二人に向き直る。


「そうそう…俺から最後に冒険者の心得、その三だ。『仲間を頼れ』…特に、ベテランをな。」


といってニカッと笑うと、ま、お前らなら心配なさそうだと笑いながらヴェランは歩き出す。


今年の新米が皆このようなレベルなら…あるいは何かこれまでと違う一年になるかもしれない…二人との出会いは、ヴェランにそんな予感を感じさせたのであった。