Chapter1ープロローグ


物事を新しく始めるときに、大切なものと言えば何があるだろうか。


道具?心構え?入念な下調べによる豊富な事前知識?

…確かにそれらも大切なものであることには違いないであろうが、何よりも大切なものとして忘れてはならないのが『先達』、すなわち、その道のプロからの生の教えである。


 ベテランの経験に基づく実践的な教えは、書物で得た聞きかじりの知識では得ることのできない貴重な道標であり、右も左もわからない初心者にとって文字通り生き抜くためのバイブルとなるべきものである。


 そして、それは冒険者にとっても同じことーー


「…という訳で、今回の『新米冒険者研修担当』よろしく頼んだよ、ベテラン諸君…と。」


 ここはケビオス冒険者ギルド執務室。平たく言えばギルド長の仕事部屋である。壁にはギルド長の帽子や趣味の採掘道具、そしてギルド長お気に入りの大鎚『爆雷鎚(ケラウノス)』が懸けられており、部屋の中央にあるシックで落ち着いた色合いの大机の上には様々な書類が積み重なっている。


 その大机の前に座り、ペンを走らせていた琥珀色の球体ーーアンバーは、完成した書簡を眺めて満足そうに息をつく。


 「今年もこの時期がやってきたね…今年はどんな冒険者たちが来るのか、楽しみだ。」


 ……冒険者として登録を済ませたといっても、それだけではまだ新米"未満"、例えるならば「種籾冒険者」といったところだろうか。


 現在でこそ大迷宮での重篤な被害は数えるほどしかなくなっているが、ギルドカードの技術が発見されるまでは、このような冒険者に登録したての新人が無謀にも大迷宮に挑み、中には命を落とすものも少なくなかったのである。


 ケビオス冒険者ギルドが『新米冒険者研修』を行うようになったのはアンバーがギルド長に就任してからだ。


 初めはアンバーらギルドメンバーたちが中心となり、自ら教官役として新人たちを指導し、冒険者としての最低限の心得を伝えるものであったものが、アンバーらの教えを受けた冒険者たちが増え、今度は自分たちが教える番だと教官役に名乗りをあげた事をきっかけに、次第に新米冒険者とベテラン冒険者の交流の機会としての一面も持つようになっていったものである。


 その後、現在ではベテラン冒険者による持ち回り制となっているが、行動を制限されるベテラン冒険者側にはギルドから手当てが出ることもあり、後輩育成に意欲的なベテランと合わせて指導役を買って出るものも少なくない。


 なお、新米とベテランのマッチングは、始めの数回は各適性をみてギルドが割り振ることになっているものの、そこからは酒場(Bar)を通して新米自ら指導を受けたいベテランを選ぶこともできるようになっている。


 また、「研修」とは言うものの、何をするかは各ベテラン達に一任されており、各々が自分の得意な分野を通して、新米冒険者たちに大迷宮で生き抜く方法を教授すればよいとされている。

 そのため、担当する冒険者によってその内容は戦闘訓練から迷宮でのサバイバル術の実践、座学もあれば実際にパーティーを組んで大迷宮に潜ったり…と千差万別であり、"種籾"冒険者たちは様々なベテランによる指導を経てようやく『新米冒険者』として大迷宮への一歩を踏み出せるのである。


 …そして、今年もその時期がやってきたという訳だ。


 「…よし!と。シトリンー、『新米冒険者研修』の書類送付、頼んだよ。」


 「はい!わあ…もう今年もそんな時期なんですねえ…。ふふ、今回の新米さんたちは、みんな個性豊かでしたので…研修が楽しみですね。」


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 それから一週間後…



(メインストーリー/ストーリー作品に続く)