Chapter2ーいざ大迷宮


ーー【第一階層 遺跡回廊の洞穴】


 既に数多くの冒険者に踏み固められた"既"踏の迷宮、どんな名のある冒険者もまずはここから始まる、いわば冒険者としてのチュートリアル…


……そう甘く見て、心を折られる新米冒険者は少なくない。


 確かに、大迷宮の中では、第一階層は"比較的"安全な階層ではある。冒険者の天敵である『マター』は迷宮の奥深くへと潜れば潜るほど強力な個体が出現するし、もし何らかの問題が発生したとしても、浅い階層であれば他の冒険者やギルドからの救援が望めるであろう。


 ーーしかし、ここがケビオスの魔境、『大迷宮』であるという前提を忘れてはならない。

 一度足を踏み入れたならば、そこは既に別天魔境。独自の環境に適応した原生生物や、謎の生命体『マター』の存在、襲い来る『ローグ』たち、数々の罠や、未だに変化し続けているともいわれる大迷宮それ自体も、冒険者に容赦なく牙を剥く…


 新米だろうがベテランだろうが、"向こう"には関係ない。ここからは同じ『冒険者』だ…



…………


………


……い


「おい、ユート」


「は、はい!?」


「ぼーっとするな。まだここは浅い階層だが、いつマターが出てくるとも分からん。」


「す…すいません……」


 ここは大迷宮の第一階層、通称遺跡回廊の洞穴。前回の研修から3日後、ユートとリアルは、ヴェランの同伴の下、冒険者として登録して以来初めて大迷宮に足を踏み入れていた。


 出発前、ヴェランに言われていた言葉を無意識に頭の中で反復していたユートは、声をかけられてはっと我に帰る。


大迷宮ーー小さい頃から夢見ていたあの場所…そして、行方不明となった父親の手がかりが見つかるかもしれない、ここに、今自分は足を踏み入れているのだ!と改めて気を入れ直す。


「でも……大迷宮って、地下なのに、本当に明るいんですね。」


ユートの隣で周りを見回していたリアルがぽつりと呟く。


「ああ……ここはケビオスの他の洞穴と違ってな、発光する特殊な地衣類や鉱石が天井を覆っているんだ。」


リアルの言葉にヴェランが歩きながら答える。


言われてみれば…明るさは外と遜色ない程ではあるが、これはどちらかというと日の光というよりも、室内の明るさに近い…大きな一つの光源ではなく、複数の光源に照らされているような感覚だ。とユートは天井を見上げる。


「さらに言えば…大迷宮には昼夜の概念もある…当たり前に聞こえるかもしれないが、簡単に言えば夜になると暗くなるってことだ。」


「へぇー!興味深いです!」


「どういうわけか…迷宮内の明るさを保っているヒカリゴケやら鉱石やらは、一定の周期で眠るように暗くなっちまうんだよ。夜は月明かり程度の明るさしか確保できないから気を付けろよ。」


「なるほど…洞穴なのに夜営の必要があるのか…」


「まあ、そういうこった。」


 ところどころに古びたタイルのような床が見える道を、ヴェランを先頭に進んでいく三人。道中、大迷宮の見慣れぬ景色や生物に驚くことこそあれど、特にこれといった障害もなく、遭遇した数体の小型マターも、ヴェランの指示を受けて難なく撃破したのであった。


ーーーー

ーーー

ーー


「ーーヴェランさんの言っていたとおり、本当に暗くなるんですね。」


あれから暫く進み、すっかり薄暗くなった迷宮の一角で生まれて初めての夜営の準備を済ませたユートとリアルは、パチパチと音を立てる焚き火を囲んで暖を取っていた。


「うん…。大迷宮…まだ潜って1日も経ってないけど、初めてのことだらけだ。」


「ええ、本当に…。でも、ユートさん、本物のマター相手にも怯まずに向かっていって…その、凄かったです。」


「おれなんてそんな…凄いのはヴェランさんだよ!あの人、マターの攻撃を全部捌いてこっちに当たらないようにしてたし…それに、リアルの魔法だって、遠くから攻撃したり、回復もしてくれたし…!」


「い、いえ…わたしなんてまだ全然見習いで…!」


初めての冒険、初めての大迷宮で昂っているのだろうか。一日を振り返るうちに、いつの間にか二人の会話には熱がこもっていたーー


「おうおう、仲がいいな!二人とも!」


「「わひゃっ!?!」」


「楽しそうで何よりだが、あんまり大きな声を出すと、また厄介者が近づいてくるからな……程ほどにしておけよ。はは!」


と、そこへいつの間にやら戻ってきていたヴェランに肩を叩かれ、飛び上がる二人。


「ヴェ、ヴェランさん……」

「び…びっくりしたあ…」


「水を差しちまったら悪かったがな、とりあえず周囲に怪しい人影はなかったから…分かってるとは思うが、今日はここで夜営をするぞ。」


「はい!」

「お、お外で寝るのってわたし、初めてです…!」


言葉の響きの"冒険"らしさ故か、不安よりも興奮が勝っている様子で、ユートもリアルも目をきらきらと輝かせる。


「一応俺の持ってるレリックで簡易的に陣は貼ってあるが……パーティーで潜っているなら、夜営は基本的に見張り番は交代制だ。俺はお前らを『冒険者』として扱うからな。まずはユートが見張り、次に俺を起こして、最後にリアルだ。」


「見張り…な、なるほど…分かりました!」


「はい…!が、頑張って起きなきゃ…」


「……ま、こういう緊張の中でいかに休息を取れるかっていうのも冒険者に必要なスキルってとこだ。見張りも大切だが、しっかり体を休めておけよ。迷宮探索は明日もあるんだからな。」


「が、頑張って休まなきゃ…!?」


それから、それじゃ、と言い残して寝床に入ったヴェランを見送って、ユートの長い夜が始まったのだった……


ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー



暗闇と、静寂。


時折聞こえる小型の原生生物が立てた物音にも神経を尖らせながら、ユートは目の前の焚き火に薪をくべる。


ぱち、ぱちと火の粉が弾けては、ユートの頬を一瞬照らす。


ゆらゆらと揺れる炎を眺めながら、ユートは今日の一日を、これまでの自分の歩みを振り返っていた。


ギルドに登録してはや一週間…ようやく足を踏み入れたこの大迷宮で、自分は今こうして最初の夜を終えようとしている。


父が大迷宮に消えてからーー父の行方を知るため、手がかりを探すためにずっと準備してきたのだ。そして、自分は良き仲間にも恵まれた。第一層とはいえ、今のところは迷宮探索もそれなりにはこなせている。


これなら、いつかは……


見つめた手をぐっと握りしめる。そして、父の顔をまた思い浮かべる…待ってろよ、親父…


「おい、ユート」


「~~~~!!?」


いつの間にか隣に立っていたヴィランに小突かれ、ユートは思わず声をあげそうになる。


「び、びっくりした……もう交代の時間ですか…?」


「しっ…大きな声を出すなよ…オレのレリックに反応があった。」


「…!」


ヴェランの言葉を聞いて、ユートは床に置いていた剣を音を立てないように手に取る。


「マター…ですか。」


「わからん。オレの持ってる索敵用レリックは簡易的なモノだからな…だが、油断はするな。様子を見に行く。ついてこい。」


「は、はい!」



ヴェランの指示を受け、ユートはヴェランの後をついていく。ヴェランは次第に遺跡の奥の方へと歩を進めていく…


「あ、あの…リアルは…1人で置いてきて大丈夫でしょうか…?」


歩いているうちに心配になったユートが小さく尋ねる。もうキャンプからもそれなりに離れているが…


「…大丈夫だ。向こうには強力な陣がはってある。簡単には近づけないし、第1階層程度のマターなら触れることもできないさ。」


「そう、ですか…なら良かった。」


「それより、もう反応があった場所のすぐ近くだ。周囲を警戒しておけ。」


「は、はい…!」


ユートが剣の柄を握り、辺りを見渡した瞬間ー


「うわあああああ!?!??」


カチ、という小さな音とともに辺りの床が崩れ落ちーー


ユートは地下へと吸い込まれていった…