Chapter2ープロローグ


 ケビオスの地下に古くから広がる大迷宮。精力的に探索が続けられてはいるものの、未だその全容は明らかにならず。しかし飽くなき夢と冒険のスリルを求め、今日もまた誰かが迷宮に足を踏み入れる…


【第一階層 遺跡回廊の洞穴】


 大迷宮の最浅部、迷宮の入り口、多くの冒険者に踏み固められた"既"踏の階層であり、ギルドの手も届きやすい、大迷宮の中でも比較的危険が少ない場所である。


 とはいえ、第一階層もまた大迷宮の一部であることには変わりなく。未だ解明されない謎も数多く残されている。


 大迷宮への入り口はいくつか存在するが、主要なものは全てギルドの管理下に置かれており、ギルドカードを提示しなければ大迷宮に入ることはできない仕組みになっている…とはいえ、ギルドが把握できていない「裏口」も存在していると考えられ、大抵の場合、そのような場所はローグの縄張りと化している。


 迷宮内には日差しは届かない…が、その内部には「メイキュウヒカリゴケ」という地衣類や、「星輝水晶」という光を放つ鉱石が壁や天井を覆うように発生しており、洞穴の中だというのに外と変わらない光度を保っている。


さらに興味深いことに、これらのヒカリゴケや水晶は時間に応じて明度を変化させる……つまり、迷宮内にも昼夜の概念が存在するのだ。


 ただし、これらの一部を採取した場合、この特性はなくなり、それぞれの「発光残量」が無くなるまで光り続ける簡易照明として利用することができるようになる。


 第一階層は大迷宮の中では危険が少ない階層である…というのはよく言われることだが、それは飽くまでも"大迷宮の中で"、"比較的"そうであるというだけに過ぎないということを忘れてはならない。


 冒険者の死亡例こそ、幾多の先人の開拓や発明によって激減してはいるものの、第一階層をあなどり、出鼻を挫かれて迷宮への抵抗を植え付けられる新米冒険者は多いのだ。


 中でもまず注意しなくてはならないのが、大迷宮を徘徊する謎の生命体『マター』である。Matter(厄介者)と呼ばれるこの黒いもやのような不定形の存在は、冒険者やレリックの気配を嗅ぎ付け、どこからともなく現れ、無差別に冒険者に襲いかかる。


 冒険者として大迷宮を探索するならば、マターから身を守る最低限の防衛手段は身につけておくべきであろう……マターに『夢を喰われ』てしまいたくないのなら。


 そして…第一階層においては寧ろマターより厄介な存在と言えるのが『ローグ』だ。

 冒険者ギルドに所属せず、迷宮に潜る"ならず者"…レリックや金目のものを狙い冒険者を襲う盗賊たちである。


 ギルドカードが発明されて以来、知能の低い個体が多いマターとの戦闘においては、冒険者は例え致命傷を受けそうになったとしても、戦闘から離脱することが可能になった。


 その一方で問題視されるようになったのがローグである。本能的・反射的に攻撃を加えてくるマターと異なり、狡猾かつ貪欲に冒険者を付け狙うローグ達は冒険者との戦闘において、まずギルドカードを狙ってくる…すなわち、獲物を逃がさないための術を理解している分、特に新米冒険者が受ける被害はローグによるところが大きいのだ。


 また、浅い階層である故に、第一階層には迷宮特有の植物や地衣類、キノコ等の菌糸類や大小様々な原生生物も存在し、これらも少なからず冒険者にとっての驚異となりうる存在である。


 その他にも、迷宮に存在する罠や、大迷宮が「大迷宮」と言われる所以である、複雑に入り組んだ洞穴そのものも大迷宮の危険性といえるだろう。


 特に、第一階層は「遺跡回廊」と呼称されるように、深く潜れば潜るほど、道が複雑に曲がり、交差し、進めど進めど道を戻っているような錯覚に陥る仕組みになっていることから、正しいルートを知らなければ最深部にはたどり着けないようになっている。


 このように、第一階層といえど、大迷宮には様々な危険があり、新米冒険者がベテランとのチームアップを推奨される主な理由がここにある。


 ……しかし、第一階層でつまづいていては冒険者として聖杯を目指すことは夢のまた夢であることも事実。実際、第一階層は既に多くの場所が先人によって探索されており、手付かずの領域や、遺されたレリックも次第に減ってきている。


 すなわち…如何に『大迷宮』という環境に適応し、迫り来る危険に対処出来るか、そして如何に素早く第一階層を突破することができる実力を身に付けられるか…これが新米冒険者が新米を脱するための第一の課題となっているといえよう。


 さて……そろそろ君も、この大迷宮の深淵へ向けての第一歩を踏み出す時間だ。